ロバの歩み
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「あるいてきた道」独立まで

 1975月、点字図書館で活動していたボランティアが、東洋医学の用語の読み方を勉強するグループを作りました。
 スマートではないけれど一歩一歩誠実に歩んでいこうという意味を込めて「ロバの会」と名付けました。正式名称は「ロバの会・京都朗読奉仕会」です。
 国際障害者年のころ地方都市に続々と新設の点字図書館がつくられ、要望もあったことから蔵書作りに協力しながら、朗読者を育てての作業でした。
 そのころの朗読録音はオープンテープでしたが「ロバの会」ではカセットテープでの朗読と貸し出しに東奔西走しました。
 アマチュア無線「HAM」が全盛だったことから、電波を通して口コミで全国に流れ、地方からの利用希望者が急激にふえました。
 他府県の利用者への図書の貸し出しに制限もあり、他府県の利用者が地元の利用者を大きく上回るようになると、図書館側から苦情が出るようになりました。

 私たちは1985年11月「本当に求められる情報の提供」をしたいとの一心で、点字図書館から独立しました。
 80名いたボランティアも半数が図書館に残り、つらく苦しい時期でしたが、
点字図書館からは約200人の「情報ファイル」の読者名簿だけを手に、ボランティアグループ「ロバの会」の活動が始まり、なけなしで買ったダブルカセット数台でのテープコピーからのスタ−トでした。

「あるいてきた道」HAMからうまれた情報ファイル

 現在のように携帯電話のない時代、視覚障害者同士が待ち合わせて出会う事は、とても難しいことでした。
 
HAM(アマチュア無線の利用者)同士ならそういうことも可能で、つながりにくい地域もありましたが、一応日本全国交信ができました。
 視覚障害者のなかには連絡や情報収集のために家庭に無線機を設置したり、現在の携帯電話感覚で「無線機」を持ち歩いている人も沢山おられ、HAMの資格をもつ朗読者が交信を通して視覚障害者が希望する本や、本当に求めている情報を把握することができました。
 京都にも視覚障害者のHAMグループがあり、ごく自然な形で晴眼者との交流が行われ「ロバの会」でも、河野捷三、ゑみ夫妻がHAMを通して、ロバの会とは別にアマチュア無線の交信を通して毎日のTV番組表や「天声人語」などを読んでいました。

 こんな会話が毎日のように電波に乗り行きかっていました・・・、

「扇風機欲しいけど、子供がいるので安全なものがありませんか?」
「昨日の新聞に今年の新型扇風機の特集が出ていたけど・・」
「ちょっとそれを読んで貰えます・?」
「娘の体操服を洗うとき、仕上剤を入れてって言われるんだけど、なんという商品がいいですか?スーパーで買う時って、商品名を言わないと買いにくいんですよね、」
「家では社のABCを使ってま〜す」

「あるいてきた道」情報ファイルの始まり

 身近な情報の必要性を強く感じ、日本全国何処に住んでいても利用できることをPRするようにしました。
 「情報ファイル」はもともと朝日新聞の新製品情報のコラム名で、
その名を借りた「ロバさんの情報ファイル」は、家電や音響製品などの新製品の話題を中心に、ほぼ隔月に発行されています。
 「ロバの会」からのお知らせを伝える情報誌としての役割も強くなり、平成8年からは発行が年に4回ほどになりました。  
 利用者のほぼ全世帯員(約3400世帯)にテープでお送りしています。

「あるいてきた道」3−FDの時代(アサヒパソコンから時刻表まで)

・「ATOKってどう読む?」耳で聴く「ASAHIパソコン」を作る。(がんばってますスペシャル)パソコン雑誌ASAHIパソコン19901115日号

・聞く時刻表開発。まず東海道・山陽新幹線障害者向け、京都のボランティアグループがパソコンで合成音。読売新聞 夕刊1面トップ記事19911031

・新幹線の「聞く時刻表」京都の奉仕団体フロッピー版で製作毎月の改訂版も予定。朝日新聞1991年 1117

・声が導く盲人用 パソコン。京都のボランティアグループ。ソフト続々引き合い殺到メーカーも開発本腰。読売新聞 夕刊1994126

・京都のボランティア団体が聞く新幹線時刻表などFD化ASAHIパソコン1994111

・目の不自由な人に開いたウインドウズ。読めるパソコン、京都の奉仕会配布。読売新聞夕刊1996914

 紹介した見出しは、当時の新聞や雑誌で紹介されたパソコンやフロッピーディスクに関する「ロバの会」の新聞記事の一部です。
 HAM仲間の視覚障害者が音声合成装置でパソコンを使っているのに出会い、ほかの利用者のパソコンの利用状況などを「ロバの会」で検討し、フロッピ−ディスクの配布をすることになりました。
 当時のフロッピ−ディスクを使う環境はPC−9800シリーズのパソコンと、MS−DOSで動く音声合成装置VDM−100やVSS−300、AOKなどでした。
 フロッピ−ディスクは初期は5インチでしたが、やがて3.5インチが主流になりディスクを送付するためのケースや、郵送袋が問題になりました。
 この5インチのフロッピ−ディスクが入るサイズの郵送袋は、現在「ロバの会」でのCD図書を送付するのに丁度よくて重宝しています。
 当時製作された主なフロッピ−ディスクは、「東海道、山陽新幹線時刻表」「東北、上越、山形新幹線時刻表」「乗り継ぎ 西」「乗り継ぎ北」「ハイウエイバス時刻表」「AOK版・新幹線時刻表」「高田博幸先生の図書データ」「般若心経」「四文字熟語」「パソコン用語集」「駅名」「MS−DOSマニュアル」「FD版アサヒパソコン」などです。
 尚、製作には元IBM 勤務で、後に牧師さんになられた平野正さん(「ロバの会」の平野さんのご主人)が参加されています。

「あるいてきた道」通販カタログへの取り組み


・声のカタログで品選び。目の不自由な人に耳寄りな通販制
百貨店と提携、毎年回録音。 朝日新聞199029日  

・視覚障害者用通販テープ作成。日用品など60品目待望の声全国から届く。京都新聞199020

・声の通販カタログ申し込み殺到。1ヶ月で450件。毎日新聞夕刊1990年2月16日

・生活情報の朗読に人気、全国の視覚障害者から注文。 通販カタログをテープに1年で利用者7割増。読売新聞199115

56人の誠実な目。京都朗読奉仕会「ロバの会」の皆さん。「いきいきインタビュー」高島屋通販カタログ1990年夏の特集号見開き

 上記はロバの会が通販カタログを発行した1989年の直後に新聞掲載されたものです。

 たまたま朗読会員の自宅に届いたカタログを眺めている間に、
「カタログの内容を読んでくれる人さえいれば、電話の注文で自宅に商品が届く(通販)という制度は視覚障害者にとっても便利なのでは・・?」との思いつきでした。
 早速高島屋通販本部に手紙を書きましたが長い間連絡がなく「駄目なのかなぁ」と思いかけていたとき、高島屋大阪店の営業本部勤務の若い男性から電話がありました。
「お手紙を拝見し興味を持ちましたが、個人として話しをお聴きしたい」とのことでした。熱心に聞いてくれましたが、その時点ではまだ興味を持つ上司がいないとのことでした。それから2ヶ月程すぎた頃、「上司が逢いたいと申してます」と言う返事が届き、早速「デモンストレーションテープ」を製作して持参しました。
 通販本部長が理解してくださり、高島屋通販本部と「ロバの会」の双方で準備に入りました。
 通販本部長は百貨店で始めて通販をされた方で「ロバの会」の希望をよく理解して協力してくださり、「ロバの会」会員専用の電話番号を設け、直接電話を受けて下さるテレフォンオペレーターを教育して下さいました。
 
通常は有料のハイランド会員扱いで、5%の優待割引きの特典をつけてくださいました。

 待望の第1号は1990年新春号になり各新聞が取り上げてくださいましたが、この時点では高島屋通販本部は一切PRをしていませんでした。
 大きな反響を呼び「ロバの会」の入会希望者も一気に増えたのですが、一部には(高島屋が「ロバの会」のスポンサーになった)というような声もありました。
 
開始時に郵送袋の一部を寄贈して頂いたほかは金銭的な援助は一切受けていません。

 高島屋通販本部と百貨店の高島屋は関連会社ですが、組織としては別の会社であることも付け加えておきます。

 
 通販カタログのテープが出来て約10年経ちましたが・「食品を沢山紹介してほしい」
「下着類をもっと沢山紹介を・・・」「シーズンに贈答品を特集してほしい」などのご要望を頂くようになりました。
 しかし、全てのご要望にお答えするには、90分テープでは品数を多くすれば説明が出来なくなるなどの限界を感じ始めた頃、CD読書機「プレクストーク」が登場しました。

 1998年から、希望の商品をすぐ検索できるようにと、試行錯誤しながらつくった通販カタログの見出し(検索用ページ付け)は、その後、情報もののCD図書のページ付けに「ロバ方式」として広く、他の団体でも使われています。

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